上京してからの五年間を振り返る
こんにちは、川浪です。
4月になりましたね。
僕は、ちょうど五年前、2012年4月に上京しました。
今回は、この五年間を少し振り返ってみたいと思います。
そもそも上京する前は、神戸で公務員として働いていました。
入庁した時は、情熱あふれる青年だったのですが、、、
実際に入ってみたら、仕事が肌に合わないなぁ、と思うようになりました。笑
そんなわけで、転職か起業を考えていたころに、アレクサンダーテクニークに出会いました。
当時は、姿勢も悪く、とにかく身体が痛かったのですが、レッスンを受けるうちに、驚くほど身体がラクになり、それだけでなく、ずっと続けていたドラムの演奏も、向上していきました。
こんなに効果があるんだったら、これを教えたらいいんじゃないかと思い、教師養成コースで勉強を開始しました。
その後、そのコースを運営する会社にお誘いをいただいて、転職と同時に上京したのが、2012年4月です。
転職したはいいものの、1年もたたないうちに、その会社を去ることになります。
(平たく言うと、まぁ色々あって、クビになったのですが。笑)
というわけで、2013年1月1日に、晴れて失業者となりました!
まぁ、めげても仕方ありません。
もともと独立するつもりで準備は進めていたので、いい機会だと思い、生徒を募集し始めました。
しかし、募集したからといって、そう簡単に生徒が集まるわけもなく、約3ヶ月間、収入がほぼゼロという生活。
当時どうやって生活していたのか、いまいち記憶がありません。笑
それでも、活動を続けていると、4月頃から、ちらほらとレッスンの申込が入るようになります。
またその夏に、お世話になっていたライブハウスでセミナーをさせていただくことになりました。
そのセミナーは盛況で、初回は20人、二回目は15人の方に参加いただきました。
また、その中のかなりの方が、個人レッスンにも興味を持っていただき、なんとか生計が立つ程度には、レッスンを行うようになりました。
それ以降も、ホームページから申し込みがあったり、セミナーを行ったりしているうちに、生徒さんも徐々に増加。
その当時は、市ヶ谷のレンタルスタジオでレッスンしていたのですが、レッスン数が増えてくると予約も取りにくくなったり、スタジオ代もそこそこのボリュームになってきました。
いっそのこと、レッスン専用の部屋を借りたらよいのではないか、と思い、2015年4月に、現在の成増にレッスンルームをオープンしました。
場所が変わったにも関わらず、多くの生徒さんが、成増まで来てくれたことには、本当に感謝しています。
専用のレッスンルームを設けたことで、たくさんの利点がありました。
まず、骨格標本や書籍などの資料が充実したこと。
さすがに毎回、レンタルスタジオに持っていく訳にはいきませんからね。
これによって、レッスンでの説明が、とてもはかどるようになりました。
それから、僕自身の時間的、体力的な余裕が生まれました。
レンタルスタジオの時は、空き時間にはカフェで時間をつぶすなどしていましたが、これだと体も休まりません。
カフェが空いてるとも限りませんしね。
自分のレッスンルームだと、移動する必要もありませんし、自分が快適な空間にアレンジすることもできます。
独立してからの数年は、必死に働いて、まったく余裕もありませんでしたが、このとき初めて、ほんの少し余裕が生まれました。
それで、新しい趣味として、アコースティックギターを買って、ギターのレッスンに通い始めました。
これが大きな転換点になりました。
レッスンに通ってるといっても、本当にパラパラと弾いているくらいだったのですが、ある時、ギターの方にレッスンしている時に、その人の身体に何が起こっているのかが、前より理解できる、という感じがあったんですね。
それまでも、身体の使い方の専門家として、さまざまな楽器の方にレッスンしていました。
その時に言われていたことが「〇〇(楽器名)を弾いたことがないのに、なんでそんなに分かるんですか?」ということです。
まぁ、身体の仕組みが分かっていれば、どのように楽器を演奏すればよいかは、頭では分かります。
当時の僕は、身体の使い方の専門家として、身体の使い方のレッスンだけして、音楽や演奏技術には立ち入らない、というスタンスをとっていました。
しかし、ギターは本当に少し弾いただけなのに、明らかにギターの方へのレッスンがはかどるようになりました。
よくよく考えてみれば、もともとドラムは十年以上やっていて、ドラムのレッスンもしているので、ドラムの方へのレッスンする時は、他の楽器に比べて、よっぽど深いレッスンを行っていました。
ドラムの技術的なことも、音楽へのアプローチも知っているから、当然と言えば当然ですよね。
そういうわけで、よりよいレッスンをするために、音楽へのより深い理解と、一通りの楽器の技術を習得することを決意しました。
そして、2016年にはピアノとボーカルのレッスンにも通い始めます。
この試みは、あきらかによい効果がありました。
僕はもともとドラムなので、和音や旋律に対する意識が薄かったのですが、ギター、ピアノ、歌とやっていれば、否が応でも意識が変わります。
それ以前は、レッスンで身体の使い方しか見ていなかったのですが、今は身体の使い方と演奏内容の結びつきが、はっきり分かるようになってきました。
もう少し詳しく説明します。
以前は、ただ単に、演奏している時に、身体のこの部分を固めているなぁ、というのを見ていただけでした。
しかし、今では、なぜそれが起こっているのかを、演奏と結びつけて、考えられるようになったのです。
例えば、身体に何かしらの反応が起こっている時に、ここで高音への跳躍をしようとしているから、とか、ピアニッシモにしようとしているから、とか、その原因まで分かるようになりました。
そのおかげで、生徒さんが思い描いている音楽表現をするために、より実践的な身体の使い方のアドバイスが出来るようになったのです。
もちろん、楽器の技術的なことへの理解も深まりました。
ピアノ、ギター、歌の方はもちろん、ヴァイオリンなどの撥弦楽器はギターと共通するところがありますし、管楽器の呼吸は、歌とも共通しています。
音楽的、技術的な理解が深まるにつれ、レッスンクオリティは間違いなく向上しています。
いずれは、撥弦楽器、金管楽器、木管楽器も少なくとも一つずつは取り組む予定で、今年中に、もう一つくらい始めようと思っています。
そんなこんなで、東京での五年間は過ぎ、今に至ります。
(おかげさまで、先月のレッスン数は、五年間で最多でした!)
あっという間の五年間でしたが、最も変わったことは、心の持ちようです。
今から振り返ってみると、東京に来た当初は、自分を満たそうという気持ちしかありませんでした。
「すごいと言われたい!」「お金を稼ぎたい!」「女にもてたい!」
まぁ、その程度です。笑
しかし、今はそんなことはどうでもいいです。
自分を満たすことより、残りの人生で、どれだけ世の中に貢献できるかを重要視しています。
僕のレッスンを受けてくれる方のために、僕が提供しうる最高のレッスンを提供する。
そのために、自分の身体の使い方を磨き、楽器を練習し、様々な教養を身につけ、最高のパフォーマンスを発揮するために健康を維持する。
そんな日々を送っています。
僕は音楽を愛していますし、音楽家をサポートするという今の仕事に、一生を捧げるつもりです。
この五年間で、そのための確固たる基盤を作ることができました。
そして、これから五年、十年と、この活動を続けていきます。
どうぞ、これからもよろしくお願います。