アレクサンダーテクニーク

演奏では、何を表現すればよいのか


こんにちは、川浪です。

前回は、

「ステージに立つ時に、お客さんをカボチャと思うなんて、もってのほか。自分が演奏する動機を大切にしましょう」

という話を書きました。

今回は、その話について、もう少し掘り下げたいと思います。

僕は、常々思うのですが、音楽で最も大切なことは「何を伝えたいか」に尽きるのではないでしょうか。

音楽というのは、表現活動ですよね。

では、何を表現すればよいのか。

それは本当になんでも良いと思います。

人によっては、深い愛情かもしれません。

故郷への思いかもしれません。

俺の演奏を聴け!という気持ちかもしれません。笑

まずは、この音楽で何を表現したいのか、それを自分の中で明確にすることが大事です。

とは言っても「本当にこれでいいのかな」「作曲家の意図とずれてるんじゃないのかな」と不安に感じる方もいらっしゃると思います。

そんなあなたのために、参考になるエピソードを紹介します。

ランランという世界的なピアニストの自伝にあった話です。

コンクールで、ショパンのロマンチックな曲を弾くことになったランラン。

先生からは「もっと感情を込めろ」と言われるものの、小さい頃からピアノを弾いてばかりなので、ロマンチックな経験がありません。

そんな彼に、音楽家の父は次のようにアドバイスしました。

「お前にはロマンチックな経験はないかもしれないが、故郷の母への愛情はあるだろう。それを曲に込めるんだ」

それを実践したランランは、見事にコンクールで賞をとることができました、というお話です。

ちなみに、だいぶ前に読んだので、詳細は違うかもしれません^^;

まぁ、概ねこんな話だったと思います。

要するに、作曲家の意図は関係なく、自分がこれだ、と思う気持ちを曲に込めることが重要だ、という話だと理解しています。

もちろん、作曲家の意図を理解することも重要ですが、意図を完全に理解するのは不可能ですよね。

演奏で何を表現するかは、最終的には自分自身の解釈に委ねられています。

さて、この話が、身体の使い方にどんな関係があるかというと、自分が何を表現したいかが明確にあったとしても、身体の使い方が良くなければ、ロスが生じて、それが上手く伝わらない可能性がある、ということです。

例えば、曲のクライマックスにかけて、盛り上がりを表現したい、と思っていても、身体を固めてしまっているがために、イメージしているような音量や音色が出せない、とか。

あるいは、ここはしっとりと表現したいと思っていても、必要以上に力んでしまい、そのニュアンスが表現できない、など。

もしあなたが「こんな風に表現したい」というイメージが頭のなかにあるのにも関わらず、それが実現できていないのだとしたら、その一つの解決策として、身体の使い方を学んでみてください。

そうすることで、自分の思い通りの演奏に、一歩近づくことができるはずです。